2013年9月5日
台灣民政府 華盛頓DC酒會暨記者會
2013年8月15日
台灣民政府 參拜 日本靖國神社祭拜大典 (櫻井よしこ様と台湾民政府 初対面)
2013年4月25日
台灣民政府 4名內閣人員 叛變 利用台灣民政府資源,在華盛頓宣布台獨論述。
2013年3月13日
第一屆 日台政治 菁英研討會
2013年2月22日
公告 台灣民政府 組織建構圖
2013年1月23日
公佈 美國 成立 台灣民政府 之多項 證明文件
2013年1月21日
台灣民政府 在美國 華盛頓郵報 AA20版面 刊登 文宣廣告
2013年1月14日
因落實「日台共同連盟」共識,依據國際法與萬國公法,台灣人對日本天皇陛下忠誠意向,將籌組「日本臣民會台灣支會」,以連結日本願意效忠天皇陛下成為日本臣民的日本志士。
2013年1月2日
台灣民政府 正式在桃園中央會館 掛牌
2012年12月31日
台灣民政府 舉辦 忘年會
2012年12月20日
組織220位 台灣民政府內閣成員 赴日參加 日本天皇陛下 祝壽團。
2012年12月8日
台灣民政府 黑熊大隊 集合訓練 及 公布 黑熊部隊徽章。
2012年11月7日
台灣民政府 賀電 歐巴馬先生 恭賀連任當選第57任美國總統。
2012年11月6日
台灣民政府 中央決議委員會 及 常務委員會 簡稱 "中常會" 組建完成。
2012年11月4日
美國國防部長 Mr. Leon Panetta 委託國土安全部 贈送 台灣民政府 一枚 美國海軍陸戰隊旗幟,同時贈語:「As you Wish !」。
2012年09月23日
臺灣民政府訪問圖博自治政府代表團由主席曾根憲昭、副主席、國務總理、參議院議長張文彥帶領五十位團員出發,將在香港和印度新德里轉機。
2012年09月19日
日本前防衛廳廳長愛知和男專程訪台灣民政府,國務總理、參議院議長張文彥、國安參謀聯席會執行長林志昇分別接見。
2012年9月17日
(周一)台灣民政府刊登自由時報頭版廣告。聲明:「中華民國不是台灣,台灣不是中華民國,流亡在台灣的中華民國是殖民政權,不是台灣政府。」
2012年9月8日
1. 臺灣民政府教育大臣蔣為文主持第一屆「台灣語文圓桌會議。」
2. 臺灣民政府發動第二次向美國歐巴馬總統請願活動開始連署。內容是:「要求美國總統歸還,二次大戰前大日本國所屬領土北方四島、竹島、台灣、澎湖以及新南群島。」
2012年8月5日
臺灣民政府發動第一次向美國歐巴馬總統請願活動開始連署。內容是:「要求美國總統歸還,二次大戰前日本天皇所屬領土台灣、澎湖。」
2012年7月29日
臺灣民政府婦女聯合總會舉行成立大會,郭韋朱女士擔任首屆總會長,陳伶芳女士擔任主任秘書。
2012年7月27日
臺灣民政府黑熊部隊第一大隊成立,邀請國務總理、參議院議長張文彥、日本國自衛隊少將大橋、上校濱田共同主持檢閱典禮。
2012年7月7日
臺灣民政府原住民州更名為高砂族民住民自治政府,國務總理、參議院議長共同主持成立大會,阿美族伍埝田先生擔任首任自治政府首任主席。
2012年6月26日
臺灣民政府全台七家報紙刊登半版十全廣告,自由時報、蘋果日報、聯合報、中國時報、工商時報、經濟日報和聯合晚報。
2012年6月23日
臺灣民政府於台中全國飯店舉辦第一次中央內閣、參議院擴大會議。
2012年5月11日
臺灣民政府赴日本琉球普天間市參加「沖縄県祖国復帰40周年記念大会」,參與遊行。
2012年4月27日
臺灣民政府前往美國在台協會(AIT)和日本交流協會訴願,贈送美國國旗並要求升起。
2012年4月21日
台灣民政府駐美代表在美國洛杉磯會見西藏尊者,達賴喇嘛隨後有與新疆維吾爾代表熱比亞會面雙方達成共識。
2012年4月19日
台灣民政府國務院參議院議長等率代表團六人,拜訪日本參議院眾議院東京都廳自衛隊等人士。
2012年3月15日
台灣民政府第一期公開演講與口才訓練研習營。
2012年3月15日
台灣民政府 添購 六部大型宣傳車
2012年2月24日
日台共同聯盟會議:台灣民政府 與 日本 前海軍後勤司令、前空軍基地司令、前陸軍戰鬥部隊基地司令官 陪同兩名日本媒體 進行為期四天的 [日台共同聯盟] 預備會議。
2012年2月10日
台灣民政府首期高級參議人員訓練班開始培訓。
2012年1月27日
台灣民政府首期高級行政人員訓練班開始培訓。
2011年12月31日
台灣民政府舉辦忘年會與發放首期台灣公民身份證。
2011年12月23日
150位內閣閣員在日本皇居前向日本天皇宮祝聖誕,皇居歷史上首次同時出現日本國旗與台灣民政府旗幟。
2011年12月21日
台灣民政府向日本靖國神社三萬九千一百名台灣英靈舉行慰靈祭。
2011年12月20日
組織150位台灣民政府內閣成員赴日參訪
2011年11月30日
「美日軍事同盟」之「美日海軍友好會」邀請台灣民政府派六名人員參加日本橫須賀美軍基地會議及晚宴,美國太平洋艦隊司令等成員以及日本閣員共同參予。
2011年10月31日
發佈「天皇陛下聖誕祝壽團」與「日本靖國神社慰靈祭」訪問團組建。
2011年08月01日
「台灣公民權利法案」開始實施,接受本土台灣人申請。
2011年 7月31日
台灣民政府中央會館守衛室完工啟用。
2011年 7月23日
舉辦美國國旗、美軍事佔領旗、日本國旗、台灣民政府旗升旗典禮,現場對國際實況轉播。
2011年 7月 1日
台灣民政府高砂族群法理研習營培訓班開始、大專院校法理研習營培訓班開始。
2011年 5月18日
日本外務省首度對台灣民政府正式回函解釋。
2011年 4月28日
台灣民政府第五次赴美國在台協會呈遞「請願書」,要求美國軍事政府早日履行親自佔領台灣責任,首次赴日本交流協會呈遞「對日本九項要求」。
2011年 3月11日
台灣民政府國務院、參議院、司法院聯合公告「台灣公民權利法案」。
2011 年 2 月 5 日
台灣平民政府組建第一屆參議院政府事務諮議 委員會,通過「台灣公民權利法案」,呈請主席公佈實施。
2011 年 1 月 25 日
完成「台灣公民權利法案」草案,將呈送台灣參 議院會及台灣主要佔領權國美國政府報備,作為核發本土台灣人 旅行證件和台灣公(居)民身份證法源。
2011 年 1 月 14 至 16 日
第一屆台灣民政府法理學院培訓完成。
2010 年 12 月 1 日
台灣民政府選出社會精英代表士紳四十一位,組 建參議院政府事務委員會。
2010年11月6日
台灣平民政府組建第一屆國務內閣成員,美國務 院派員觀禮,事後依照戰爭法呈報美國各行政單位。
2010 年 9 月 8 日
經雙方協調, 在美國首都華盛頓 DC 四季飯店舉 行慶祝酒會,美國務院、美國防部,美國安部,美司法部均派員 到場祝賀,美方出席貴賓百位,台灣民政府人員八十位,雙方共 襄盛舉。
2010 年 7 月 4 日
經協商,台灣民政府在美國首都華盛頓 DC掛牌 運作。
2009 年 8 月 6 日
放棄抗辯權後
承認台灣民政府2008年2月2日已經成立,2010年4月25日在台北舉行第一次全球大會,並選出第一屆台灣民政府主席。
2013年9月8日
台湾民政府閣員32名がアメリカワシントンに赴き、Washington D.C.Four Seasons Hotelで開かれた記者会見及びパーティーに参加。台湾地位の正常化を宣言し、アメリカ大統領オバマに国際法及びアメリカ憲法を守るように再び呼びかけた。記者会見は大成功を納めた。
2013年8月15日
台湾民政府閣員50名が日本靖国神社に赴き、三万九千百柱の台湾英霊慰霊祭を挙行。また、8月13日に京都に所在する伏見桃山陵(明治天皇)、14日に東京の八王子市にある昭和天皇、大正天皇の陵を参拝。
2013年6月22日
台湾(民)政府による公告
公告主旨:中華民国(台湾統治当局)は台湾民政府の本土台湾人に対し「中華民国国籍を放棄することに同意した。また世界「人権公約」第一条及び「台湾公民権利法案」の規定に基づき、中華民国国籍を放棄した者は台湾民政府の規定に従い、台湾国籍及び米政府発行の旅券を申請できる。」との回答をし、台湾民政府は同内容を公告した。
2013年4月25日
華府事件
アメリカワシントンにて記者会見を実施。突発事件により会見は閉鎖。アメリカ政府との間で再度正式に記者会見を行うこととした。突発事件の画策者、首謀者の責任追及中。
2013年2月22日
台湾民政府組織構成図を公表。
2013年1月23日
アメリカが台湾民政府を成立した証明書類を公表。
2013年1月2日
台湾(民)政府 桃園中央会館が正式に落成。
2012年12月20日
台湾民政府国務院、参議院代表団が日本参議院、衆議院、東京都自衛隊人員を訪問。
2012年11月7日
オバマ大統領に大統領続投の祝電。
2012年11月4日
米国国防部部長レオン・パネッタより海兵隊旗が贈られ、「As you Wish 」(お望み次第)という言葉を頂いた。
2012年9月23日
台湾民政府訪問団がチベット自治政府を訪問。
2012年9月19日
日本前防衛庁長官愛知和男が台湾民政府を来訪。
2012年9月8日
オバマ大統領に第二回目請願の署名活動を挙行。
請願書では、第二次世界大戦前の大日本帝国所属領土(北方四島、竹島、台湾、澎湖及び新南群島)を返還すように要求した。
2012年8月5日
オバマ大統領に対する第一回請願の署名活動を挙行。
請願書では、第二次世界大戦前の日本天皇所属領土(台湾、澎湖)を返還すように要求した。
2012年7月27日
台湾民政府「黒熊隊」が成立。日本自衛隊少将大橋氏、上校濱田氏が立会った。
2012年5月11日
台湾民政府が沖縄普天間市で行われた「沖縄県祖国復帰40周年記念大会」に参加。
2012年4月19日
台湾民政府国務院、参議院代表団が日本参議院、衆議院、東京都自衛隊人員を訪問。
2012年2月24日
日台共同連盟会議を挙行。日本前海軍後方支援司令、前空軍基地司令、前陸軍戦闘部隊基地司令官、日本メディア業者が参加。
2011年12月23日
12月23日に、皇居前の天皇誕生祝賀会に参賀した。皇居歴史上初めて日本国旗と民政府旗が同時に掲げられた。
2011年12月21日
台湾民政府閣員150名が日本靖国神社に赴き、三万九千百柱の台湾英霊慰霊祭を挙行。
2011年11月30日
日米軍事同盟の日米海軍友好会の召請に応じ、横須賀米軍基地での会議及び食事会に出席。同会には米国太平洋艦隊司令、日本閣員なども参加。
2011年8月1日
台湾公民権利法案を施行開始。
2011年6月30日
初代主席の城仲模氏任期満了。曽根憲昭氏が主席を継任。
2011年5月18日
日本外務省が初めて台湾民政府に正式返書。
2011年4月28日
「AIT」(米国在台協会)に5回目の請願書を出し、米国軍事政府に一刻も早く台湾占領の責任を果たすように要求した。また、日本交流協会に「日本に対する九項の要求」を提議した。
2011年3月11日
台湾民政府国務院、参議院、司法院より「台湾公民権利法案」を連合公告した。
2011年1月25日
「台湾公民権利法案」の草案が完成。台湾民政府参議院及び米政府に通達した。
台湾公(居)民身分証明書の発行準拠
2010年11月6日
米国務院の立会いの下、台湾民政府内閣が成立した。日本統治期の旧制度を復帰させた。宜花東州、台北州、新竹州、台中州、台南州、高雄州及び中央原住民州の七州を設立し、運営を開始。なお、戦争法に基づき米国各行政部門に通達した。
2010年9月8日
ワシントンD.C.のFour Seasonsでホテルで祝賀会を催す。米国務院、米国防部、米司法部、米国安部及び米中央情報局の職員が出席した。来賓は合計180名に上った。
2010年7月4日
米国行政機関の協力の下、「台湾民政府駐米ワシントンD.C.辧事処」を設立。
2010年4月25日
台北で第一回「台湾民政府大会」が開催、主席に城仲模氏を選出。
2009年10月5日
連邦最高裁の宣告:(本案は放置され、審判を待っている状況)
米国政府はこの64年間、本土台湾人に実施した事務行事に対して抗弁せず、全てを承認した。最高裁は被告(米国務省)に対し、今後サンフランシスコ平和條約の規定に従って正確に事務を行うべきと要求した。
2009年8月6日
連邦最高裁の法廷において、被告米政府代表の国務省は、抗弁権を放棄すると宣告した。
被告(米国務省)が抗弁権を放棄するということは、原告(本土台湾人)が原審で被告米政府に提出した告訴狀の全てを承認したことになる。
2009年7月8日
連邦最高裁は本案を受理した。(案號:No.9-33)
これは本土台湾人(代表林志昇)が太平洋戦爭後において、初めて国際法、戦爭法、サンフランシスコ平和條約並びに米国憲法に基づき陳情訴狀を提出し、征服者側のアメリカを告訴した。
2009年4月7日
連邦高裁は「64年間本土台湾人は無国籍であり、国際社会に承認された政府が無く、未だに政治煉獄の中で生活している(Political purgatory)。台湾は未だにUSMGの占領中にある。米行政部門は原告の訴求に応じて協力すべき。」との判決を下した。最高裁への上訴を許可する(Brown裁判官)。
2008年4月7日
米国連邦高裁と本案に関し幾度もの折衝を重ね、最終的に高裁が受理をした。(案号:010-085078)
2008年3月18日
ワシントンD.C.の連邦地裁より次の判決を得る。「原告側の本土台湾人(People of Taiwan)は無国籍であり、国際社会に承認された政府がない。」、「台湾は依然としてUSMGの管轄下にある。」及び「米行政部門は本土台湾人の人権訴求に応じるべき」、「上訴可」(Rosemary M Collyer裁判官)。
本土台湾人の定義:1945年8月15日時点で元日本国籍の台湾人とその後裔。
2008年2月2日
2008年2月2日、本土台湾人は国際戦争法、サンフランシスコ平和条約、万国公法で言及される「自衛権」に基づき、台北で「USMG管轄下台湾民政府」を成立させた。三ヶ月後米側の提案に従い「台湾民政府」と名称変更した。その直後に全世界194ヶ国に向け、本件を通達した。
2006年10月24日
本土台湾人の林志昇氏が228名を率い、ワシントンD.C.の連邦地裁を通じて米政府を告訴した。
「台湾国際地位及び台湾人権訴求」:(案号:1: 06-cv-01825-RMC)